映画『百円の恋』レビュー。セックスと恋愛に人生を変えてほしがるアラサー女子よ、殴られろ。
男もセックスも恋愛も、自分の人生を変えてなんてくれない。
これほど言われているありふれた言葉なのに、それでも期待して待っているアラサー女子のなんと多いことでしょう。
「こんなつまらない生活から逃げたい」「どこかにピンとくる人いないかな」「ときめきが欲しい」「結婚したい。ぬこカワイイ」とか言って漬物石なみに動かないアラサー独身女子の夢の歯を10本ぐらいたたき折ってくる、精神ボクシング映画「百円の恋」を見ました。
「自分を変えられるのは自分だけ」という呆れるほどに痛い事実を、顔面ドストレートにぶちこんでくれます。
グズついた自己愛を強烈にブン殴られる映画
「底辺」という言葉がこれほど似合う女もそうはいないでしょう。『百円の恋』主人公の一子は、人生の薄闇に飲まれている。太った体をゆらしてタバコにまみれている、ぶよぶよの彼女が、ボクシングを通して光の方向へ走り出す姿を描いた本作。
序盤に次々と映し出される「どうしようもない感」を中盤から終盤にかけて、ものすごいスピードで引き上げていきます。
走り出した理由は、捨てられた男への恨み・妬み・嫉みといったマイナス感情だけど、そもそも人間が自分を本気で変えたいと思う時って、世界にぶん殴られたり失敗したりドン底にいて「助けて苦しい」って死ぬほど手足をばたつかせる時だから仕方ない。
32歳処女、ひきこもりパラサイト。人生なにそれおいしいの?
主人公の一子は、実家の弁当屋で絶賛引きこもりのニート生活を満喫している底辺女子。汚い寝間着、醜い体、引きこもり、パラサイト、喪女、処女。「うわあ…」なキーワードがこれでもか!これでもか!というぐらいもりもりなオーバー30女子。
しかーし妹が離婚し子連れで帰って来て、一子の居心地は悪くなっていき、やけっぱちに一子は一人暮らしを始めます。
百円ショップで深夜アルバイトをしながら、初めて自活を始めるものの、類は友をよぶのか店に集まるのは「難あり」な人ばかり。あいかわらずパっとしない毎日を送る一子の唯一の楽しみは、帰り道にあるボクシングジムで練習している狩野を覗き見することだけでした。
ある日、淡い恋心を抱いていた一子の店に客として狩野が来たことから2人の距離は近づき、やがて同棲へ。
きゃー!恋愛がつまらない私の日常を変えてくれる!王子様ktkr!女子の夢!やっぱり女は恋愛してなんぼなのね…が見事にタコ殴りにされます。
恋愛は人生を変えてくれると思った。でもね。
恋愛は人を「嬉しい、楽しい、大好き!」状態にトランスさせてくれる。誰かがそばにいれば嬉しいし、好きな人と一緒の毎日は楽しいし、つまらない日々を一瞬でキラキラした「特別」に変えてくれる。
だけど輝く時間は一瞬で、それを維持するためには譲り合い、話し合い、折り合いを繰り返して「向き合う」地道な作業の連続です。誰かとわかり合うためには、自分をわからなければいけない。
その苦労を全部ぶん投げて相手に「私をどこかに連れてって」「つまらない日常から救い出して」「なんでもするから捨てないで」と依存して恋愛ゾンビになると手痛いしっぺ返しを食らいます。
案の定、一子も恋に見事に裏切られて、ボッコボコにされます。本当にクソクズな男を演じる時の新井浩文はええのう…!最高だのう…!
世界にぶん殴られた女が、世界に殴りかかる
初めて出た外の世界で強烈にぶん殴られた一子は、その鬱憤をはらすがごとく、自分をフった男が所属していたボクシングジムに通いはじめます。「ボクシングジムに入会し、ボクシングに没頭する」シーンは、この映画において、はじめて一子が自発的に選んで踏み出した瞬間です。
考えず・求めず・何もせず、ただ目の前の時間を消費していただけの空虚な生活。このクソみたいな人生に終止符を打って極彩色に染め上げるために必要なのは、「男」「恋愛」「セックス」というパーツではなく、「自己の確立」であることを感じさせられます。
世界に殴りかかられて目が覚めた女は、呪いを吐き出すようにサンドバッグと、その先にある世界に殴りかかります。
最初は醜い体を揺らすだけのへぼパンチで、すべての動作が緩慢で、ジムのトレーナーも、家族も、誰も彼女に期待なんてしていない。でも一子は誰のためでもなく、ただ自分のために、「プロになりたい」と壮大な目標をかかげ、日々の生活をボクシングに捧げていく。
一子のぶよぶよの肉体が変化するのを見るにつけ、人間が立ち上がろうと決めたときの想いの強さを見せつけられます。
「でもでもだって」で現状から抜け出せない、すべての生き迷い女子に
必死で立ち上がり、殴られながら、血反吐を吐きながら、顔面をぐちゃぐちゃにしながら、それでも掴みかけた「何か」を本当に自分のものにするために戦う一子の姿は、スクリーンを隔てて座っている観客の心をつかんで離しません。
手を握り、心から「がんばれ」と応援し、「立ち上がってくれ」と切望し、「一発でもいいから入れてやれ」と、ボクシング会場の観客席にいるかのように引き込まれます。
自分を変えるとは、どん底から這い上がるとは、こうやって突き進む強さなんだと思い知らされます。
他者は自分を救ってくれない。自分を救うのは自分だけ。
そんな当たり前で、でも実行するのが難しいことを、強烈にたたきつけられる物語でした。自分の人生に興味をいちばん持つべきは自分なんだから、最後は自分で自分を作るしかない。
「でもでもだって」状態に陥っている人、「何か強烈に後押し」をしてほしい人、毎日に停滞を感じている人、男と恋愛が自分の人生を救ってくれるんじゃないかと期待している人、そんなすべての人たちに見て欲しい映画です。
おすすめ本とかマンガとか
結婚に夢見てるアラサー女子よ、殴られろ。
体の変化は心の変化。重い肉を脱いで体が軽くなるごとに、自分にGOサインを出せることが増えていく。主人公のぼんちゃんは、「でもでもだって思考」の持ち主です。でもその彼女が淡い恋心を通して、「でも太っているから」「どうせ似合わないから」と言い訳しないで行動する重要さを描いています。「やってみよう」の後押しをしてくれる良作です。
「たたけ!たたけ!たたけ!」が脳内リフレインしまくった。
終始脳みそにブルーハーツが流れる映画であった。
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