妖怪男ウォッチ

恋愛文化人類学が趣味の外資アラサーOLによる、ラブ魔窟サバイバル記録。

「不倫すると思うの私」結婚式の準備をしながら彼女はほほ笑んだ

「不倫すると思うの、わたし」結婚式の準備をしながら、彼女はほほ笑んだ。

オフィスの昼休み、空き会議室で、彼女のパソコンの画面には3次会用のパーティーフードのサンプルがきらめいていた。ローストビーフ、サーモンのカルパッチョ、スイスチーズの盛り合わせ、牛ほほ肉の赤ワイン煮込み、セビリア風パエリア、ガトーショコラ、焼きたての不倫。

 

「彼氏がとぎれたことはないよ」いつだって彼女には男がいた。「合コンのさしすせそ」を完璧に使いこなすので彼氏はいつも数珠つなぎ。15人目あたりからわたしは数えるのをやめた。彼女はファッション雑誌を読まないし、いつもSOUPのセール品を買い、白かベージュの服の服を着回していた。それでも彼女はモテた。

 

「わたしは誰からも愛されてるの」彼女が目指した、こころの底から望んだ自画像はこれだった。その願いをかなえるために、彼女は人生につかえるリソースの大半を割いた。趣味も女友達も習いごとも勉強もなかった。使える時間のほとんどを飲み会、合コン、デートに割いた。

 

「誰にも嫌われたことないんだよね」これが彼女の口癖だった。彼女のことを悪くいう人は全員、彼女のなかでは「愛されているわたしに嫉妬してる」と分類されていた。

 

「わたしと別れた男はみんな心を病むのよ」わたしのことを愛しているから。でもわたしは彼らのことを別に愛していないから。かつての恋人たちがメンヘラになることは、彼女にとってはトロフィーだった。わたしは愛されている。でも愛さない。だから勝ちだった。

 

「うまれて初めて恋をしたの」相手は激務と高給取りで有名な会社の幹部候補だった。東大卒。年収1500万。ワインを選ぶときは「このなかでいちばん高いものを」と注文する男だった。あらゆるライバルを制して、彼女は「すごい男の彼女」の座を勝ち取った。

 

「彼はわたしを愛してくれないの。だから好きなの」そして彼女は病んだ。使い捨てにしてきた男たちと同じように、使い捨てにされた。彼のまわりに女は掃いて捨てるほどいた。「誰からも愛される自分」はこっぱみじんに砕かれた。記念日の旅行を2日前にキャンセルされ、「君にお金をはらう価値を見いだせない」と言われた。彼女が送った4000字のメールにたいし てのレスは1行だった。「長いね」


 「わたしは自信を取り戻したの」次につきあった男は、彼と別れる半年前からセックスをしていたセフレだった。捨てられるかもしれないという恐怖に耐えきれず、彼女は「愛されている」と実感を持てる男を欲しがった。「つきあう」という報告がきたのは、幹部候補の男に捨てられて1週間後のことだった。

 

「プロポーズされたの」おめでとう。はやいね、まだ1年も経ってないのに。思い切ったね。彼のどこが好きなの?「わたしを愛して、わたしに自信を与えてくれるところ」。彼女はとて も一途だった。彼女の理想、「愛されている自分」を実現するために。結婚は契約だよ。独身時代とは違うんだよ。よく考えなよ。彼女は目をみはる。「結婚したいなら、彼の友達を紹介しようか?」

 

「あの人のことがまだ好きなの」誰から も愛される彼女に唯一、敗北感を与えた男。唯一、彼女を愛さなかった男。スペックが高く、彼女の理想にもうしぶんなかった男。尽くされるばかりだった彼女 が、奴隷のように尽くしてその苛烈なモラハラにも耐えた男。「いつかこの人だってわたしのことを愛するはず」それが彼女の希望だった。そしてその希望は、 まだ潰えていなかった。

 

「籍をいれたの」ついに彼女は、望んで望んでやまなかった「夫人」という称号を勝ち取った。29歳までに幹部候補と結婚する夢はかなわなかったが、半分だけ夢はかなった。

 

「あの人、女神のようにわたしを崇拝するのよ」なんでもいうことを聞いてくれる優しい夫の話を聞いて、後輩女子たちは口々に「うらやましい」「最高のパートナーですね」と絶賛する。その賛美にほほえみでもって彼女は返した。

 

「不倫すると思うの、わたし」結婚式の準備をしながら、彼女はほほ笑んだ。13人目の彼氏から見ているかぎり、彼女はいつも「自分を愛する男」を選び、飽き、次に「自分を愛する男」を選 んで乗り換えていた。彼女にとって男はいつだって任意の点xで、代入する値は「自分を愛する」という属性さえあればなんでもよかった。

 

わかっていた。彼女は夫を愛していない。心が折れた彼女に「愛されている」という自信を与えただけだ。わかっていた。彼女は愛されている自分が好きなのであり、相手に愛を返すことはない。わかっていた。彼女は自分を愛さなかった男にだけ執着する。いつでも「いちばん愛してくれる人」を探す、永遠に満たされない亡霊だ。わかっていた。彼女は変わらない。 あれほど自分の願いに一途で、ひたむきに努力する女なのだから。結婚という拘束ぐらいで、変わるはずがない。わかっていなかった。彼女にいちばん夢を見ていたのはわたしだった。

 

結婚とはなんなのだろう。「あの人の奥さん」という称号。「愛されている自分」を確認するための装置。「20代で結婚した勝ち組」というまわりの認識。平均値より高い夫の年収。サインとはんこを押した書類1枚。左手の薬指に光る銀色の指輪。帝国ホテルの披露宴。新婚旅行のアルバムについたいいねの数。配偶者の財布で買うカトラリー一式。後輩女子を招いてのホームパーティー。0、1、2、3次会。ガトーショコラ。

 

 

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ヴァーチャル・レッド 1

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 夫の帰りを待つ「誰にでも股を広げる女」。その女にはまってしまうシステムエンジニアの男。粘膜に包まれた甘い地獄。

箱舟の行方 楽園

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会社のエレベータの中で、そんなことできると思ってるんですか!(興奮)既婚の先輩男子と後輩女性の不倫がいちばん多いそうですが、この漫画も同じシチュ。

 

うそつきパラドクス 1 (ジェッツコミックス)

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 3人で終わらないセフレ関係を続ける後半がとくにやばい感じ。みんなメンヘラでみんな自分勝手。ここまで自分の欲望に一途でいられるなら、無敵だね。傷つけて、傷つけて、まわりを焦土にしながら自分の目的のためにまい進する。

 

自分のために人を傷つけることに躊躇しない人たちの話

つめたく、あまい。

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こんな表紙のイメージで書いた。シギサワ先生の作品ほど甘くないのが現実。うふふ。